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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5443号 判決 1954年1月21日

原告 黒田利雄 外二名

被告 昭和電工株式会社

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

被告は原告黒田利雄に対し金千三百四十一円、原告杉山真に対し金千四百六十五円、原告小田島伝に対し金二千四百十四円、及びそれぞれ右金員に対し昭和二十八年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宜言を求める。

第二請求の原因

一、被告会社(以下会社という)は東京都に本店、大阪市に営業所、横浜市、川崎市等全国十三ケ所に工場を有し、硫安、石炭窒素その他の化学肥料等の製造販売を目的とする株式会社であり、原告黒田利雄、同杉山真は右横浜工場に、同小田島伝は川崎工場に勤務する従業員である。

二、会社の現行就業規則は昭和二十七年十月二十一日から施行され、右就業規則賃金規程第五十条は「賞与は毎期末に於て各人基準内賃金一ケ月分を支給する」と規定している。よつて会社は昭和二十八年六月の同年度上半期末において原告らに対しそれぞれ基準内賃金一ケ月分を支給する義務がある。右基準内賃金一ケ月分は原告黒田においては金一万四千七百四十八円、同杉山は金一万六千百十六円、同小田島は金二万六千五百円であるに拘らず、被告は同年七月十三日にその一部を支払つただけで、残額原告黒田については金千三百四十一円、同原告杉山については金千四百六十五円、同小田島については金二千四百十四円を支払わない。よつて原告らは会社に対し右残額及び賞与支払期日の翌日である昭和二十八年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

旨の判決を求める。

第四請求の原因に対する答弁

請求原因一の事実は認める。

同二の事実中、昭和二十七年十月二十一日から施行された就業規則賃金規程第五十条が「賞与は毎期末に於て各人基準内賃金一ケ月分を支給する」と規定していたことは認めるが、右条項はその後改正されて本件賞与支給当時においては存在しなかつたのであるから、右条項に基いて賞与を支払う義務はない。すなわち、会社は昭和二十八年六月一日附で右就業規則を一部改正し、その賃金規程第五十条を「業績に応じ半期毎に賞与を支給することがある」と改め、労働基準法所定のとおり組合の意見を聴き行政官庁への届出を終えたのであつて、本件賞与の支給は右改正規定に基き昭和二十八年度上半期の業績に応じて基準内賃金一ケ月分を相当と認め原告ら主張の日にその全額を支払つたのである。なお改正前の賃金規程第五十条による基準内賃金一ケ月分が原告ら主張の額であることは否認する。原告らの主張する額は同規定にいう基準内賃金一ケ月分として正当な額に十%を加算した不当なものである。会社は原告らに対し有効な改正就業規則の規定に基き賞与支給義務を完済したものであるから、原告らの本訴請求は失当である。

第五答弁に対する原告らの主張

一、会社が昭和二十八年六月一日附で就業規則を一部改正し、賃金規程第五十条を「業績に応じ半期毎に賞与を支給することがある」と変更したこと、労働基準法所定のとおり組合の意見を聴き行政官庁に届け出たこと、同年七月十三日原告らを含む従業員に対して支給された期末賞与は右改正就業規則に基く業績賞与であるとして支払われたことは認めるが、右改正就業規則は次の二に述べる理由により無効であつて、会社の賞与支給はやはり改正前の就業規則賃金規程第五十条の規定に基かねばならない。

二、改正前の就業規則賃金規程第五十条の施行と同時にその規定する賞与条項は労働条件の一つとして会社と原告ら従業員との間の労働契約の内容となつている。このように労働条件を定めた就業規則の規定の内容が労働契約の内容となつている場合には、その就業規則の規定を変更するには労働者側の同意を要するものと解すべきである。何となれば、このような就業規則の変更は使用者からの契約変更の申込の意思表示と解せられるのであるが、契約の変更に契約当事者の合意を要することは債権法の基本原則であつて、労働者の同意なくしては、契約変更の効果を生じないことは当然であり、一方において契約に基く労働条件が変更されることなくなお有効に労使間に存在するに拘らず、同時に就業規則の変更により右労働条件を改廃した法律関係をも同じ労使間に有効に作り出すことは法律上許されないからである。ところで、賞与は労働者の生活上の必要に応じ基本給を補う意味で支給されるべきものであつて、これを業績賞与とするときは、会社の業績のいかんによつては支給せられないことも起り得るし、一体に支給が保障されない結果となつて、労働者にとつて不利益であるから、組合は賃金規程第五十条の改正には同意しなかつたのである。従つて右改正は無効である。

三、そこで会社の本件賞与の支給は昭和二十七年十月二十一日から施行の就業規則賃金規程第五十条に基き「期末」すなわち六月三十日に、賃金規程の定めるところに従つて「基準内賃金一ケ月分」を支払われるべきである。賞与は賃金規程内に規定されているが故に同規程の総則の適用を受けることは当然であり、総則第三条は賃金にスライド制を認めて「スライド制細則」による旨を定め、同細則は「スライド指数に一%以上の増減があつた場合に、その月の基準内賃金をスライドする」と定めているので、「基準内賃金一ケ月分」の賞与というときは右総則及びスライド細則規定の適用を受けてスライドしたものでなくてはならない。然るに会社が七月十三日基準内賃金一ケ月分と称して支払つた賞与額はスライド制の適用を受けていない。同期末における原告らの基準内賃金はスライドの結果十%増しているのであつて、現に会社が六月の賃金として支払つた基準内賃金には十%の加算がされていたのであるから、会社の賞与支払は右加算分を残した一部支払であるわけである。よつて会社は原告らに対し賞与支払義務を完済しておらず、なお右加算分を支払わなければならない。

第六原告の主張(第五)に対する被告の主張

一、就業規則は使用者と労働者との間の労働条件や服務規律を定めたもので、その本質は法規範であり、本来一体的なものとして労使関係を法的に規律するものであり、その意味においてこれを内容的に作業規律等経営指揮権に属する部分と労働条件に関する部分とに分つて法律上別異に考察すべき理由はない。労働者の利害からいつても両者間に軽重の差があるわけではなく、特に労働条件に関し不満があれば、組合として団体交渉によつて有利な労働協約を獲得することを期すべきであり、就業規則の作成変更につき、労働条件に関する部分だからといつてその部分だけを法律上特別に取扱うことは、一体的な経営内法規範たる就業規則の本質に反する。故に労働基準法第九十条も就業規則の作成又は変更についてその労働条件に関する部分だけを組合の同意を要するものとするようなことを規定せず、就業規則を一体として使用者の作成変更権を認め、これに手続上組合の協力主義を採用しているのである。従つて就業規則中の賞与規定がいわゆる労働条件に当るとしてもその変更に組合の同意を要するものでないから会社が就業規則の賃金規程第五十条の規定を変更して業績賞与の規定に改めたことは、労働基準法に従い適法に行われたものである以上は、組合の同意をまたずして有効である。(組合の同意がなかつたことは認める。)このことは仮に変更前の賞与規定の内容が労働契約中に賞与条項として存在していることによつて何ら左右されるものではない。

二、仮りに、就業規則中の労働条件に関する規定の内容が労働契約の内容となつている場合には、その就業規則の規定の変更には組合の同意を要するものとしても、本件の場合、改正前の就業規則賃金規程第五十条の施行と同時にその規定する賞与条項が労働条件の一つとして会社と原告ら従業員との間の労働契約の内容となつていたことは否認する。就業規則の本質は法規であつて、当然に労働契約の内容となるものではない。労働契約は労働者が使用者に対し就業規則に従つて就業し、使用者は労働者を就業規則に従つて雇用することを契約するものであつて、この契約自体の中には就業規則の内容を契約内容とする趣旨は含まれない。従つて原告らが会社の従業員となつて後、会社が就業規則に基き賞与規定を設けたからといつて、直ちに当然に会社と原告らとの間の労働契約の内容となるわけではなく、また契約内容に加える旨の合意が現実になされたわけではなく、また契約内容に加える旨の合意が現実になされたわけではない。仮りに賞与規定が労働契約の内容となつていたとしても、労働契約の内容となつている賞与条項は原告の主張するような内容ではなく、労働協約の賞与条項と同じ内容であつて、右は就業規則改正当時既に消滅していた。すなわち昭和二十七年十月二十一日から施行された就業規則賃金規程第五十条の規定は、その施行に先立ち同年六月一日附で締結された労働協約の有效期間一ケ年間を限りこれと並存してのみ効力を有するものとして作成されたのであつて、このことは規定の文言にはあらわれていないが労使双方の了解しているところである。従つて昭和二十八年五月三十一日協約の失効に伴い効力を失い、同年六月一日附で就業規則が改正される際には既に労働契約の内容として消滅していたのであるから、右規定の変更は労働契約の内容と牴触することなく、組合の同意を要しない。詳説すれば、次のとおりである。

会社は従来から賞与は業績に応じて相当額を支給する方針を採つて来たのであり、かつて賃金形態として定額支給の制度を採用したためしがない。昭和二十二年度以降越年特別費用、越年資金、年末一時金等の名称を使用したけれども、昭和二十六年度からは名称も上、下半期毎の「賞与」と改め、組合に対しても賞与本来の性格である「業績賞与」であることを明かにした。昭和二十六年六月以降会社は組合(川崎工場及び横浜工場の各組合は昭和電工京浜地区労働組合連合会を構成していた。本件にいう組合は右連合会を指す)との間の労働協約にいわゆる平和義務条項を設定し、協約有効期間中は労使とも協約の全部または一部の改廃を目的とし、または解釈についていかなる争議行為をも行わないことを提案し、このことがその後の協約交渉の焦点となつたのであるが、組合は協約有効期間中平和義務を負う以上は平和を確保するだけの実質的保障が必要であると主張して、平和義務条項の交換条件として十一項目にわたる要求を提出し、その一つとして賞与について、協約有効期間中の期末賞与の支給額と配分方法とをあらかじめ規定の上に明かにあらわすことを要求した。協約有効期間については労使双方の意見が合わず、会社は一ケ年を主張し、組合は六ケ月を主張したが、結局一ケ年とし、昭和二十七年六月一日附で協約は締結され、平和義務条項の規定を含むとともにその第百三十一条に「会社は賞与として半期毎に各人基準内賃金一ケ月分を支給する」と規定された。会社では協約中に賞与条項を置いたのはこれが初めてである。以上に述べたところからおのずから明かなように、右規定の文言にかかわらず会社は定額賃金としての賞与を認めたものではなく、ここにいう「賞与」は昭和二十七年上、下半期の二回の賞与についてのみ、しかも本来の業績賞与の性格を崩すことなく、ただ平和義務の実質的保障のため特にあらかじめ将来一ケ年間の業績を予想して額と支給方法とを特定したものである。従つて協約失効後における賞与については、「基準内賃金一ケ月分」支給の約定は存在しないことは組合として当然了承していることであり、会社としても将来にわたり賞与を基準内賃金一ケ月分と確定する意思は全く存しなかつた。それであるから会社は協約締結後就業規則を全面的に改正したのであるが、その際賞与についても業績に応じて支給する旨を規定し賞与の本来の性格を明示しようとした。然るに会社が改正案につき組合の意見を聴いたところ、組合から就業規則の規定の文言は協約の同一事項についての規定の文言に合せなければ協約に牴触するとして賞与を含め数項目にわたつて修正を主張したので、会社は賃金規定第五十条の規定については、組合の意見を容れて修正し、「賞与は毎期末に於て各人基準内賃金一ケ月分を支給する」として協約第百三十一条の賞与規定と同一の形式をとり労働基準法所定の手続を経て昭和二十七年十月二十一日から施行した。従つて右規定の意味するところは、協約の場合と全く同一であり、協約有効期間中の昭和二十七年度上、下半期の二回の賞与支給についてのみ適用される限定的効力規定に外ならぬのである。それ故にこそ会社は昭和二十八年度以後の賞与については就業規則を改正し賞与本来の性格に即した表現に改めたのである。

同じく賞与について労働協約と就業規則とが異つた内容を規定することは、本来その成立の根拠と意義とを異にする以上当然あり得ることである。協約は労使の団体交渉によつて成立し労組法第十五条の規定によつてその有効期間が限定される。そこで、組合が就業規則の定め以上に有利な労働条件を協約上獲得し、その協約の有効期間中、労働基準法第九十二条の規定により行政官庁が命令により就業規則の定めを協約の定めと同一文言に改めさせ、或いは会社が組合の意見を容れ進んで同一文言に改めたような場合でも、協約の有效期間が満了すれば、爾後会社は右就業規則の定めも消滅したものとして、これを一方的にもとの文言に改正し直すことができる。このことがゆるされないとすれば、流動的な労使関係の特殊事情によつて獲得された協約上の労働条件は、行政官庁の干渉一つ或いは組合の圧力で就業規則中に移入され、有効期間の定めのない就業規則の存続する限り存続する結果となり、労働自治の原則は根底から覆えるからである。従つて就業規則賃金規程第五十条の規定が協約の賞与規定同様の暫定的で特殊な意味をもつことは是認されなければならないのである。なお原告が主張するように(後の第七に記載)会社が昭和二十八年六月二日附文書を以て組合(当時昭和電工京浜地区労働組合連合会と合併していた昭和電工労働組合連合会、両連合会とも会社に対し同内容の労働協約を有していたが同時に失効した。)に対し、「無協約中は就業規則に定められているところにより取扱う」旨通告したことはあるが、「但しその一部を別添の通り改正する」と但書を付して、組合に対し就業規則の改正について意見を求めているのであつて、右別添中には賃金規程第五十条を「業績に応じて半期毎に賞与を支給することがある」と改める旨の改正案が明示されているのである。その意は無協約中は改正就業規則の定めに従うというにあることは当然である。

三、なおまた改正前の就業規則賃金規程第五十条の規定によつて支給される賞与については、原告らの主張するようなスライド制の適用はない。すなわち、

就業規則賃金規程総則第三条及びスライド制細則にそれぞれ原告ら主張のとおりの定めがあることは認めるが、賃金規程総則第二条は賃金を「基準内賃金」と「基準外賃金」とに分ちそれぞれに属する基本賃金や諸手当の各項目を明示している中に、賞与を除いており、総則第三条にいう賃金のスライド制とは第二条にいう賃金を指すのである。従つて基準内賃金でもなく基準外賃金でもない、その他の給与である賞与についてスライド制の適用はない。賃金規程第五十条が賞与について「基準内賃金一ケ月分」といつているのは賞与金額をいいあらわすためであつて、賃金のようにスライド制を認めるのではない。第二条所定の賃金以外の給与で、特にスライド制を適用するものは、例えば休職者見舞金規定第三条のように明示の規定が設けられている。賞与についてはこのような明示の特別規定を欠き、また規定外でスライド制適用の特約もなされていない。現に昭和二十七年下半期の賞与支給に当つてスライド制の適用があるかどうかが賃金規程第五十条の解釈として会社と組合間に争われたが結論を得なかつたのである。会社が昭和二十八年六月分の賃金を原告ら従業員に支払うに当り、基準内賃金にスライドによる十%の加算をして支払つたが、これは賃金規程総則第二条の賃金そのものであるから当然のことである。

第七被告の主張(第六)に対する原告の主張

四、昭和二十七年六月一日附で会社と組合との間に締結された労働協約第百三十一条が「会社は賞与として半期毎に各人基準内賃金一ケ月分を支給する」と規定したこと、その締結の経緯が被告主張のとおりであること、会社が右協約締結後就業規則を全面的に改正して同年十月二十一日から施行したこと、その賃金規程第五十条の規定が右協約第百三十一条と同一形式にでき上るまでの経過が被告主張のとおりであることは認めるが、会社における従来からの賞与の性格が業績賞与であること、就業規則賃金規程第五十条の規定の趣旨が、協約の有効期間中である同年度上、下半期の二回の賞与についてのみ適用され、協約の失効とともに失効するという限定的効力しかもたないこと、この趣旨を労使双方了解していたことは否認する。協約における賞与規定の趣旨がどうであつても、就業規則がその趣旨の影響を受けるいわれはなく、また一旦就業規則として制定せられた以上は、規定の文言にあらわれない会社の意思にかかわりなく、客観的に文言どおりに存在し、協約失効後(昭和二十八年五月三十一日以後)も会社と原告ら従業員との間の労働契約の内容として存続したのであつて、協約失効直後の六月一日附でなされた就業規則の一部改正はひつきよう右契約内容に牴触し、これを有効とするに由ないものである。のみならず会社が六月二日附で組合に対し申入れた申入書には「無協約中は就業規則に定められているところにより取扱う」とあるのである。従つて本件賞与の支給日である昭和二十八年六月末において会社は原告らに対し改正前の就業規則賃金規程第五十条の規定に基き基準内賃金一ケ月分の賞与支給義務を負うている。

第八証拠<省略>

理由

原告らが被告会社(以下会社という)の従業員であること、会社には昭和二十七年十月二十一日から施行された就業規則があつて、その中の賃金規程第五十条に「賞与は毎期末に於て各人基準内賃金一ケ月分を支給する」と規定されていたところ、会社は昭和二十八年六月一日附で右就業規則を一部改正し、右賃金規程第五十条を「業績に応じ半期毎に賞与を支給することがある」と改め、労働基準法所定のとおり組合の意見を聴き、組合の同意がなかつたのでそのまま行政庁へ所定の届出を終えたことは、当事者間に争がない。

原告らは、昭和二十八年度上半期期末賞与は改正前の就業規則に基いて義務として支払われなければならないとし、その理由として旧賞与条項は既に会社と原告ら従業員との間の労働契約の内容となつているので、このような就業規則の変更は組合の同意を要するにかかわらず、会社は組合の意見を聴いたゞけでその同意を得ず就業規則賃金規程第五十条を改正したのであるから、その改正は無効である、と主張する。然しながら、就業規則は使用者が労使関係を組織づけ秩序づけるために設定する法的規範であると解するのが相当であつて、その内容が労働条件その他労働者の待遇に関する部分であつてもこの本質を失う理由はない。労働者の利害からいつても、作業規律等経営指揮権に属する部分と労働条件に関する部分とを区別して取扱うべき理由もなく、両者を厳格に区別することも、実際上は困難である。従つて就業規則の変更についても労働条件に関する部分だからといつて、その部分だけを法律上別異に取扱つて、組合の同意を要すると解すべき法律上及び実際の根拠にとぼしい。わが労働基準法第九十条が就業規則の作成又は変更については労働条件に関する部分と否とを区別せず、就業規則を一体として使用者に作成変更権を認め、たゞその作成変更に当り組合の意見を聴き、行政官庁に届け出るべきことを規定しているところから見ても、こう解釈するほかはない。従つて就業規則中の賞与規定が、いわゆる労働条件に当るとしても、少くともわが労働法の解釈としては、その変更自体に組合の同意を要するものとは解されない。本件で会社が就業規則中の賞与規定を改めるに当つて、労働基準法の定めるところに従い労働組合の意見を聴き、行政庁へ所定の届出を終えたことは前に述べたとおりである。また改正が労働基準法第九十二条にいう法令に違反した事実も認められないし、改正当時労働協約は失効していたことは原告の争わないところであるから、改正が同条にいう労働協約に反するようなこともあり得ない。このように労働基準法に定める手続を経て適法に改正した以上、改正に組合の同意を得られなかつたからといつて、その改正自体を法律上無効とすることはできない。

もつとも労使間で就業規則に定められた労働条件と同一または別の内容をもつた労働契約を結ぶことは自由である。たゞ法律はその契約が就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める場合には労働者保護の立場から、その部分については労働契約を無効としているが(労働基準法第九三条)、就業規則で定める基準と同様、またはそれよりも、労働者に有利な労働条件を定める労働契約が存在する場合には、労働契約を無効とする旨の規定を設けていない。従つてこの場合には、就業規則と労働契約とがいずれも有効に併存すると解すべきである(あるいは同一企業内にこのように内容の異る就業規則と労働契約とが共に有効に存続すると解することは無意味であると主張する人があるかも知れない。しかし従業員中のある者だけが、就業規則と異る労働契約を結んでいることもあるし、新しく採用された従業員はその点について労働契約をもたず、もつぱら就業規則が適用されることもあろう。従つて両者が共に有効に存続すると解する実益がない訳ではない。)

そうだとすれば、就業規則が労働者に不利に変更されたからといつて、労働契約の内容が変更される理由がなく、労働契約の内容に反するからといつて、就業規則の変更が許されない筈もない。たゞ就業規則より有利な労働契約を結んでいる労働者は、使用者に対して、労働契約上の義務の履行を求めることができ、使用者は自ら定めた就業規則をたてにとつて、その履行を拒むことができないだけである。このことは法とそれに異る特約のある場合と同様に解すべきである。

あるいは、こう解するならば、別に労働協約とか労働契約を持たない労働者は、使用者により就業規則に定められた労働条件を一方的に変更されることになり、労働者の利益がふみにじられることを心配するかも知れない。しかしもともと就業規則の作成が労働者の同意なくしてなしうる以上、その変更も労働者の同意なくしてなされてもやむを得ないのであつて、労働基準法もまたそのように規定しているのである。労働者はその変更が不満ならば、法律の保障する団結権なり団体交渉権によつて、有利な労働条件をかち取るなり、別に労働契約とか労働協約を結ぶことによつてその利益を護るべきである。

原告らは、就業規則中の賞与規定の改正が無効であることを前提として、その旧賞与規定に基き会社に賞与金の残額の支払を求めるものであつて、労働契約上の義務の履行を求めているものではない。すでに就業規則中の旧賞与規定は前に述べたように改正によつて消滅している以上、旧賞与規定に基いてその履行を求める原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

あるいは原告らは、旧賞与規定が改正されても、なお旧就業規則に盛られた労働契約が残るものとして、その契約上の義務の履行をも併せ求める意思であるかも知れない。もしそうだとしても賞与金の支払が就業規則中の労働条件に当る部分であるからといつて、それが当然労働契約の内容となつているものであると解することはできない。それが労働契約の内容となつていると認定するためには、例えば既存の労働契約を就業規則に取入れたとか、或は就業規則の作成のほかに、これと同一内容の労働契約を併せ結んだと認められるような特別の事情がなければならない。もしこうした特別の事情がないにかゝわらず、就業規則に定めた内容が当然労働契約の内容となり、労働者の同意のない限り永久に変更できないことになれば、就業規則は労働基準法の定める手続に従い労働者の同意なくして変更できるものと信じて別に労働契約を結ぶ意思なくして就業規則を作成した者に対し、不測の重荷を負わせる結果となる。本件では、就業規則の旧賞与規定と同一内容の労働契約が別になされたと認められるような何の証拠もない。むしろ旧賞与規定が設けられるようになつたいきさつは、昭和二七年六月一日附有効期間一ケ年の労働協約を結ぶに当り、平和義務条項を規定する交換条件として、「賞与は毎期末に於て基準内賃金の一ケ月分を支給する」との条項を協約条項中に入れたが、就業規則作成に当り、会社は賞与について従来規定を欠いていたのを新に業績賞与の規定を設けようとしたところ、組合は協約の規定に反するような賞与規定を設けることに反対したので、協約と同一文言の条項を就業規則に取入れたことは当事者間に争がない。この事実と証人中山孝平、森文彦(第一回)の証言を綜合すれば、当時組合も従来の交渉の経過からみて、会社が協約の有効期間である一ケ年を経過した後は、就業規則の旧賞与規定を存続する意思のないことをじゆうぶん知つていたものと認められる。従つて協約失効後にまで存続するような、賞与に関する労働契約が就業規則と別に存在していたものとは到底考えられない。それ故仮に原告らが、このような労働契約が就業規則の変更後にもなお存続するものとして、その契約の履行を併せ請求する意思であつたとしても、その請求は到底認容することができない。

よつて原告らの請求はその余の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 立岡安正 高橋正憲)

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